風景写真家・西川貴之の気まぐれブログ

絶景を愛する風景写真家・西川貴之のブログです。絶景本への写真掲載、カメラ雑誌への寄稿多数。2007年冬季から現在までの撮影取材記をアップしています。撮影に役立つ情報満載ですので、ぜひご覧ください。

カテゴリ: 2008 インド取材記

インド取材記、ムンバイから日本へ 3月2日分。


6時に起床、歩いて海沿いのマリーンドライブに向かう。
晴天だが、いまひとつ抜けの悪い空。
時間節約のため、タクシーでビーチへ、20ルピー。
帰りは、CST駅まで、35ルピー。

朝食後、8時20分にタクシーで空港へ、定額で350ルピー。
9時に国際空港到着、エアインディアはかなりすごい行列だったが、
シンガポール航空はすぐにチェックインできた。

空港内で土産を買おうと思っていたのだが、改装中で全てクローズ。
軽食は買えたが、みんなかなり高額。

空港はそれほどボロくはないが、ゲートの出発表示は間違ったままで、訂正されずしまい。

昼12時に離陸、2時に昼食、
インド時間で夕方5時前に乗り継ぎのシンガポール到着(現地時間は7時半、以後シンガポール時間で表記)

シンガポールのチャンギ国際空港の豪華さには、相変わらずびっくりさせられる。
おそらくチャンギ国際空港が頂点で、ニューデリー国際空港が最低ランクだろう。
ただ数年もすればそこそこのレベルに変わっているかもしれない。

乗り継ぎの時間がかなりあるので、日本料理屋でラーメンを食べ、土産を買い免税店やコンビニをぶらぶら。
それでもかなり時間が余ったので、無料のミニシアターで映画を見る(英語に中国語の字幕)
空港にシアターがあるのは、チャンギ国際空港くらいじゃないだろうか。

夜12時過ぎに乗り継ぎの便が離陸、すぐに軽食がでる。
機内かなりすいている様子、備え付けのパーソナルビデオを見てすごす。

朝5時半頃に朝食、6時半に関西国際空港到着(日本時間で7時半、以後日本時間で表記)
予定より40分程早かった、大阪は小雨でかなり寒い。

税関では、インドへの個人旅行ということもあり、かなり細かくチェックされる。

空港バス、JR、バスを乗り継ぎ、11時前に帰宅。
長いようで、あっというまの18日間だった。

ジャイプルのシティパレスでのスナップ。

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デリーのハヌマーン寺院でのスナップ。

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インド取材記、ムンバイ2日目・港からの日の出・朝焼けのタージマハルホテル・エレファンタ島の石窟寺院・マリーンドライブ・チャトラパティ・シヴァージー・ターミナス 3月1日分。


7時前に起床、タクシーで港近くのインド門に向かう、20ルピー。
ちなみにムンバイ中心部はオートリクシャー乗り入れ禁止でタクシーのみ。

インド門前の港の日の出を撮影、インド門と周辺は修理中で絵にならないので撮影せず。
朝焼けに染まるタージマハルホテルが何とも言えず綺麗だったが、鳩が多すぎて撮りにくい。

港からの日の出。

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朝焼けに染まるタージマハルホテル。

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インド門前の広場では、国際的なボートレースの開会セレモニーみたいのが行われていた。
目覚めのチャイを一杯、5ルピー。

近くのホテルのオープンレストランで朝食、180ルピー。
インドはほこりっぽいせいか、屋上以外でオープンになっている所はめずらしい。

9時の始発の便で、エレファンタ島行きの船に乗る、往復120ルピー。
船が出てすぐに、インド門とタージマハルホテルを合わせたアングルが撮れるのだが、
あいにくの修理中でなんとも残念。

10時にエレファンタ島に到着、入島税5ルピー。
桟橋から坂の登り口までミニ鉄道(5ルピー)もあるが、たいした距離じゃないので歩く。
坂の両側には土産物屋がびっしり、坂は結構きつい。

10時20分に岩山の頂上にある石窟寺院に到着、250ルピー、ドル払いはだめと言われた。
寺院内の壁は、シヴァやヒンドゥーの神々の彫刻で埋められていて見事、
世界遺産にも登録されている、寺院内は、ストロボ使用可。
一番のみどころは、シヴァの三面上半身像、高さは6mほどあり、とても大きいのが特徴。

エレファンタ島の石窟寺院。

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ただし見どころは少ないので、あまり時間はかからず、11時に港に戻る。
体調不良でふらふら、土産物屋を覗く気力なし。
帰りの船は11時半過ぎに出発、1時前に港に戻る。

その後、タクシーで丘の上のカムラネルー公園に向かう、70ルピー。
ここからマリーンドライブが見えるが、いまひとつの感じ。
向かいのフェローズシャーメタ公園(ハンギングガーデン)では、植木が動物の形に刈り込まれている。

カムラネルー公園から見た、マリーンドライブ。

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その後ブリーチキャンドルエリアなどを撮影、
この辺りはムンバイセレブの暮らしが見られるエリアだというが、どうもいまひとつピンとこない。
高級マンションもショップも日本のと比べれば、殺風景で何か貧相、
建物の中などは、きっとすごいのだろうが、街並や外観と言うと「う~ん」という感じだ。
ムンバイセレブのイメージを撮りたかったのだが、なかなかうまくいかない。

4時前にタクシーでホテルに戻る、63ルピー。
夕方の光でチャトラパティ・シヴァージー・ターミナス(CST駅)を撮影する。
疲れたのでホテルで少し休憩、横になる、歩き疲れてくたくた。

夕方のチャトラパティ・シヴァージー・ターミナス(CST駅)

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5時半前にタクシーで海沿いのマリーンドライブに向かう、50ルピー。
夕日に染まるマリーンドライブのビル群を撮影後歩いて戻り、夕食。

夕日に染まるマリーンドライブ。

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薄暮になる頃合いを見て三脚を持って駅前に移動、ライトアップされたCST駅を撮影する。
三脚を使って撮影していたら、すごく人が寄って来るかなと思っていたのだが、
目立ちにくいようにしていたこともあり、ほとんど無反応。

ライトアップされたチャトラパティ・シヴァージー・ターミナス(CST駅)

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その後、ライトアップされたフローラの泉を撮影しホテルに戻る。

10時半就寝、夜はかなり咳ごむ、絶不調。

インド取材記、ムンバイ1日目・チャトラパティ・シヴァージー・ターミナス・マリーンドライブ 2月29日目。


5時過ぎに起床、周りの客はほとんどいない。
列車スタッフがもうすぐムンバイに到着すると言って、
頼みもしないのにかってに荷物を運んで、チップを請求する。
なんでわずか3メートルくらいで払わなければ行けないのかと無視。

5時半、ムンバイCST駅到着、まだ真っ暗。
普段よく遅れるくせに、遅れて欲しい時に限って定時より早い到着。

元気なら、荷物を預けて日の出を撮りに港にでも歩いて行くのだが、
いかんせん風邪で絶不調、とりあえずどこかで横になりたい気分。
こんな早朝じゃ、ホテルもチェックインできるかどうかあやしいもの。
真っ暗な中の移動は危ないので、少し明るくなるまで、駅中の椅子に座って過ごす。
廻りにもたくさんのインド人が布にくるまり横になっている。

30分程でかなり明るくなる、日の出も近い。
掃除の邪魔になるので、横になっているインド人たちを警官が棒でこづいて起こして廻る。
騒動しくなってきたので、駅前の一番近いホテルに向かう。

シングルルームは三畳ほどの小さい部屋だが、税込み860ルピーはムンバイでは安いと思う。
ただし、通常12時チェックインなので、朝6時からだと半日分よけいにとられることになった。
しかも手持ちがドルしかなく、ルピーへの両替のレートはすごく悪い。
それでも横になれたらなんでもいいやっていうくらい、へとへと。
いつものことで、長々と宿帳記帳してやっと部屋へ、しばし瀑睡。

9時前に起き、風邪がいっこうによくならないので、病院に行くことにする。
ホテルで場所を聞くと、駅のすぐ近くとのこと。
出かける前に洗濯サービスをたのみ(131ルピー)、通勤風景を撮影しながら病院に向かう(プロ根性)

病院では、案内所で教えてもらい、受付で5ルピーを払い受付表をもらい、風邪などの専門の場所に並ぶ。
9時半過ぎに診察開始、医者は2人(後からもう1人)とアシスタント。
1時間半ほどでやっと診察終了、
旅行保険に入っているので必要書類が欲しいと言ってもいまひとつ要領を得ない。
別の窓口で薬をもらうが、どこでお金を払えばいいかわからず、
再び案内所に行って聞くと治療費は無料とのこと、
必要書類が欲しいと言っても要領を得なかったわけがわかった。

その後昼飯(156ルピー)を食べ、再びホテルに戻り、休息。

3時半頃に、光線がよくなったところでCST駅を撮影、西側が最も絵になる。
チャトラパティ・シヴァージー・ターミナス(CST駅、旧ヴィクトリア・ターミナス)は、世界遺産にも指定されている。
国際空港も同じ名前で、インドを守った英雄の名前に由来する。

チャトラパティ・シヴァージー・ターミナス(CST駅)

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その後、フローラの泉など市内を撮影して歩く。

さとうきびのジューススタンドと牛車。

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クリケットをする学生と時計塔。

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4時半過ぎに海沿いのマリーンドライブに到着、この辺りはそこそこ綺麗。
夕日を見に多くのカップルが佇んでいる。
ちょうど大統領が通るところで、厳重に警備されていた。

マリーンドライブ。

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マリーンドライブから見る夕日。

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7時前に夕食(117ルピー)をとり、
ホテルの周辺の屋台を見ていたら、おばさんがひったくりにあう、あっという間。
その後、シャワーを浴びて、10時くらいに就寝。

インド取材記、アウランガーバードのビービーカーマクバラー、エローラ石窟群 2月28日分。


7時に起床、のどが痛い。
ホットシャワーは、朝の4時間だけだったので、
シャワーを浴びるが温度調節できないので、熱すぎ。
その後ホテルのレストランで朝食、59ルピー。

8時半過ぎにオートリキシャーで、
アウランガーバード市内のビービーカーマクバラーに向かう、20ルピー。
10分程で到着、入場料は2ドル。

タージマハルをモデルに造られたこともあり似ているが、
こちらは中心部分のみ大理石で、残りは石材の上に漆喰が塗られている。

残念なことに左のミナレットが修復中、
アジアの他の国でも見られるが、足場には竹が使われている。
一見危なそうだが、柔軟で強いのだろう。

ビービーカーマクバラー。

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帰りはバススタンドまで乗り合いのオートリキシャーで戻る、10ルピー。
バスでエローラ石窟群に行くつもりだったのだが、
体調不良で疲れているし、現地の移動にどのみちオートリキシャーが必要だったので、
オートリキシャーで行くことにした、往復と現地の移動込みで300ルピー。

9時45分出発、途中ダウラターバードの砦跡を横目に見て、
10時半にエローラ石窟群に到着、駐車場代10ルピー。

ここは、アジャンタ石窟群同様、世界遺産に登録されている。
アジャンタ石窟群との違いは、アジャンタが仏教石窟群のみで壁画と彫刻が見られるのに対し、
エローラ石窟群は、仏教・ヒンドゥー・ジャイナ教の3種類の石窟群が見られるものの、
彫刻のみであるということだ、ストロボ使用可、三脚の使用は禁止。

入場料は5ドルだが、ヒンドゥー教石窟群の中のカイラーサナータ寺院以外は立ち入り自由。
カイラーサナータ寺院は、8世紀の中からおよそ100年かけて岩を削ることによってできた巨大な建造物。
当時の平均寿命が30歳前後だったので、数世代にわたる大工事のすえにできたもの。
右側の小道から丘の上に登ると、後方から全景が見下ろせるがその迫力に圧倒させられる。

仏教・ヒンドゥー・ジャイナ教の3種類の石窟群は広範囲に渡っている為、
オートリキシャーでこまめに移動しながら撮影、
全体的には西向きなので、午後のほうが日が当たるが、
太陽の高い昼頃のほうが影が少なく撮影はしやすいと思う。

エローラ石窟群のカイラーサナータ寺院。

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エローラ石窟群。

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1時45分に帰路につく、
オートリキシャーの運転手がしきりに工房の見学を進めるが、
「風邪で疲れているので早くホテルに帰りたい」と言って、
ホテルに直行してもらう、2時半ホテル着。

インドでは多いのだが、
チェックインの時間がそのままチェックアウトの時間になるので、
時間がくるまで横になって休む。

4時前にチェックアウト、少し体調がよくなったので、
荷物を預かってもらい、街を歩いてぶらぶら、
バーンチャッキー(5ルピー)やバザールを見て歩く。

バザールでのスナップ。

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6時前にホテルに戻り、荷物を受け取り夕食をとる、49ルピー。
その後オートリキシャーでアウランガーバード駅に向かう、20ルピー。

6時半前に駅に到着、割と綺麗な駅舎。
今日はひさしぶりの夜行寝台泊になる、ムンバイまで約8時間、2A寝台で約680ルピー。

20分遅れで10時15分出発、下側の席だったのだが、
上側と変わってもらいすぐに横になる。
エアコンが効き過ぎで、服を着込んでも毛布1枚では寒く辛い夜だった。

インド取材記、アジャンタ石窟群 2月27日分。


6時半過ぎに起床、やや風邪気味、
オートリキシャーでバススタンドに向かう、20ルピー。
7時半にバス出発、アジャンタ石窟群に向かう、42ルピー。
車内は割と広く、バックパックも網棚にのせられるので安心。
観光客は、欧米の女性2人組と自分だけ。

8時半に小休憩があり、欧米の女性2人組は出発直前に回りの人が制止するのに降りて行く。
出発して5分程でアジャンタへの分岐があるが、バス停も看板もなし。
車掌に教えてもらわなければ乗り過ごす所、所要1時間20分程。

待ち構えていたインド人に案内してもらい、途中のチケット売り場で施設管理料を払う、7ルピー。
少し歩くと土産物屋や食堂のあるエリアに到着。
次のシャトルバスまで時間があるので、朝食を取る、50ルピー。

やはり案内してくれたのは土産物屋の店主で、
時間まで見て行ってくれとしつこいので、しかたなく少しだけ土産を購入。
バスの時間が来たので、逃げるようにシャトルバス乗り場に向かう。
先程の欧米の女性2人組もオートリキシャーでやって来る、
降りる場所を勘違いして、回りの人が制止するのを無視したから、損してる。

9時半にシャトルバスで、アジャンタ石窟群に向かう、7ルピー。
5分程で到着、入場料5ドルを払い、
バックパックは荷物預かり所へ、4ルピー、ここはトイレも有料。

そこから急な坂道を上るとやっとアジャンタ石窟群に到着。
石窟群はU字に湾曲したワーグラー川に沿って、南東方向に開けている。
トイレの他、所々に飲み水はあるが、売店はなし。

ここは世界遺産にも登録されていて、すばらしい壁画や彫刻にはただ圧倒させられるのみ。
残念ながら石窟内のストロボと三脚の使用は禁止の為、
デジカメの感度を上げても手ぶれぎりぎりで、内部の撮影はかなり難しいと思う。
今回は乾期に訪れたが、外観の撮影は緑の多い雨期の晴れ間のほうがいいと思う。

橋を渡った所から少し上ると展望台があるが、眺めはいまひとつ。
この辺りには、売り子が多くすごくしつこい。
今回はへばっていたので行かなかったが、さらに30分くらい上の展望台からの眺めはいいと思う。
ただし緑の多い雨期の晴れ間限定。

アジャンタ石窟群。

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12時過ぎに、アジャンタへの分岐の所に戻りバスを待つが、
来るバスはいつも満員で全然停まってくれない。
オートリキシャーの運転手が「休憩所ならバスは必ず停まるからそこで乗ればいい」と言うので、
オートリキシャーで手前の休憩所に向かう、25ルピー。

休憩所に来るバスはみんな満席だが、2台目でなんとか端っこに座らせてもらう。
1時過ぎにバス出発、15分くらい走った所でかなり降りたので、ゆったりと座れた。
途中2時前に一度休憩があり、その後数回バスストップ、
3時半に終点のアウランガーバードのバススタンド到着。

歩いてすぐのホテルに向かう、テレビ付きで225ルピー。
風邪薬がきれたので、近くの商店で風邪薬などを購入、
その後ホテルのレストランで夕食、40ルピー。
疲れがたまり風邪もひどくなってきたので、部屋に戻りテレビを見ながら体を休める。
10時過ぎに就寝。

インド取材記、サーンチーの仏教遺跡 2月26日分。


ホテルを7時にチェックアウト、少し風邪気味、チェックアウト時に税金40ルピー支払う。
オートリキシャーで駅に向かうが、歩いてもすぐの距離ですぐ到着、20ルピー。
昨日あっちこっちのホテルを廻ったのでいまいち自分の居る場所がわからなかった。

駅で、サーンチー行きの列車のチケット購入、25ルピー。
待ち時間に朝食をとる、53ルピー。
8時に各停の列車でサーンチーに向かう、所要約45分。

8時50分にサーンチーの駅に到着、帰りの便は9時55分と16時35分の2便だけ。
急いでオートリキシャーで仏教遺跡に向かう。
途中のチケット売り場でチケット購入、5ドル。
ここからはかなりの上り、歩いたらかなりきつそうだ。

9時過ぎに山の上にある仏教遺跡到着、入り口でセキュリティチェックを受ける。
三脚禁止で持ち込めないため、バックパックごと預けることにするが、
預かり所がないので、案内板にチェーンでくくり付けておく。
荷物は、駅前のホテルで預かってもらうこともできる、20ルピーとのこと。

世界遺産にも登録されている仏教遺跡内には、直径37m,、高さ16mの大ストゥーパがある。
アショーカ王が基礎を作り、その後紀元前2~1世紀に完成した。
塔を囲む四方の塔門(トーラナ)は、見事な彫刻で有名。
彫刻は北側が最も美しいが、どうしても光線状態はよくないのが残念。
訪れる観光客は、かなり少ない感じ。

サーンチーの仏教遺跡。

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山の上にあるので、青空は清々しく時間があればゆっくりとしたいところだが、
帰りの時間が迫っているので、オートリキシャーでとんぼがえり。

9時40分過ぎに駅に戻る、なぜか帰りの便は23ルピー。
チャイを一杯(3ルピー)飲んでゆっくりとしていると、
10分遅れで列車到着、外人客は韓国人の女の子のバックパッカーと自分の2人のみ。

11時にホバールの駅に戻り、昼食、30ルピー。
ここからジャルガオンまで2A寝台の列車を予約してある、約740ルピー。
しかし電光表示を確認すると、12時発の予定がすでに2時間遅れ。

その後も確認の度、どんどんと遅れていき、
結局3時間半遅れで3時半に出発、待っているだけでどっと疲れた。

夜11時20分に、3時間20分遅れでやっとジャルガオン駅に到着。
風邪がややひどくなり、バックパックがすごく重く感じる。

急いで駅中にあるリタイアリングルームと呼ばれる宿に向かうが、
係の人によると、部屋はあいているものの、
駅に関する全てのインフォメーションを扱うエンクワイアリーで、
チケットを買わないと行けないとのこと。

しかたなく重い荷物を担いで、反対側の駅出口にあるエンクワイアリーに向かう。
夜遅いのにもかかわらずエンクワイアリーには行列が出来ていて、がっくり。

しかしあっと言う間に順番が廻ってくる、助かった。
シングルルームはなく相部屋のドミトリーになるとのことで、部屋代は200ルピー。
例によって、宿帳に事細かく記帳しなければならないのは、
疲れがピークに達している身には、すごくこたえる。

なんとかチケットを手に入れ、重い荷物を担いで再びリタイアリングルームに戻るが、
ここでも宿帳に事細かく記帳させられる、どちらか1箇所にしてくれって感じ。

11時50分、やっと部屋に入れた。
ドミトリーというから、人がいっぱいかと思っていたら、
広い部屋にダブルベットがあるだけで、他に誰もいない貸し切り状態、しかもとても綺麗。
毛布はなかったが、だいぶ南に下って来たので、全然寒くはなかった。

インド取材記、カジュラホ2日目・カジュラホ遺跡西の寺院郡 ホバール1日目 2月25日目。


6時過ぎに起床、ホテルの屋上に上がるが、もやっていて朝日は望めず。
7時前に昨日露天で頼んだ洗濯物を受け取る、110ルピー。

その後、再び西の寺院郡へ、
正面は東向きなので、朝の光で撮りたかったのだが、天気はいまひとつ。
カジュラホの西群の寺院。

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8時過ぎ観光客が増えて来たので、ホテルに戻りチェックアウト。
今日は一日かけてバスと列車を乗り継ぎ、ジャンスィー経由でホバールへ向かう移動日。

歩いてバススタンドに向かおうと思ったが、
「朝食代を稼がせてくれ」と懇願されてリクシャーに乗る、10ルピー。
8時半過ぎにバススタンド到着、チャイを一杯、5ルピー。
他の客はアメリカ人のバックパッカー2人とインド人数名。

8時40分にけたたましくクラクションを鳴らして、バスが到着、すでに満杯。
バックパックを屋根の上に載せ、カメラバックのみ持って、強引に車内に乗り込む。

ここから約4・5時間も、満員の車内に立ったまま行かなければならないのかと思うと、
先が思いやられたのだが、
車掌が観光客が優先的に座れるようにしてくれたので助かった。
席を代わるように言われたインド人も誰一人文句を言わないのはお国柄か。

8時45分、客が全員乗り込むとバスはすぐに発車、25ルピー。
9時まで時間があるからと、ゆっくりと歩いていたら乗り過ごす所だった、危ない危ない。

バスはかなりの年期もので、席もかなり狭くぎゅうぎゅう詰め。
となりのアメリカ人のバックパッカーはかなり窮屈そうだ。

少し落ち着いた所で、となりのアメリカ人に話しかける。
仕事をやめて、友達と2人で6ヶ月間の予定で、中国・チベット・ネパールと廻り、
インドにやって来たそうで、インドはゆっくりと旅する予定らしい。
旅の予算は2人で一日20~30ドルとかなりの低予算。
部屋代は1人でも2人でも変わらない所が多いが、遺跡の入場料はそこそこするし、
この予算では、移動はバスか列車の3等車、食事は屋台になると思う。

「途中何かすごい経験とかした」と聞いたら、一つすごいのがあるとのこと。
夜中に部屋がすごく煙たくなったので、廊下に出てみたら煙が充満していて、
あわてて2人で荷物を持ってホテルの外に出ると、すぐにホテルは焼け落ちたそうだ。
その後半狂乱のオーナーが2人に詰め寄り、
「火事になったのはお前たちのせいだ、弁償しろ」とまくしたてられ、大喧嘩になったそうだ。
その後、別のホテルに移ったそうだが、何ともすごい経験。

10時過ぎにバスは終点へに到着。
ジャンスィーへは乗り換えが必要ということで、別のバスに案内してくれる。
今度は後ろの荷物室にバックパックを入れ車内へ、始発なので座れた、75ルピー。

10時半前に出発、途中街の数カ所で客を拾い、満員のバスは郊外へ走り出す。
乗り心地は良くないが、うとうと仕始めた所で事件は起こった。

車内は大騒ぎ、一瞬何が起こったのかわからなかったのだが、
バスに酔った子供が満員の車内で吐いたみたいで、周りの大人に抱きかかえられて窓ぎわに。
周りのインド人は、タオルで汚れを拭っておしまいという感じだったが、
頭からかけられた先程のアメリカ人のバックパッカーは怒り心頭。

立ち上がって大声で怒鳴りまくる、バスが何事もなく走り続けていることにも腹が立っている様子。
周りのインド人になだめられて、ようやく落ち着き、
友達からもらったトイレットペーパーと水で汚れを拭いていた。

自分が何より驚いたのは、インド人は汚いとかいうことに、ほとんど平気なこと、
街がめちゃめちゃ汚いことの理由がわかる気がする。

1時半、観光地のオルチャ遺跡でアメリカ人のバックパッカー2人は降りて行った。
ほどなくジャンスィーの街に入り、1時45分にバススタンドに到着。

バススタンドから、オートリキシャーでジャンスィー駅に移動、50ルピー。
2時に駅に到着、比較的新しく綺麗なほう、インターネットカフェみたいなものもある。

待ち時間は長かったが、観光する気になれず待合室で過ごす。
昼飯と夕食用にパン4つとミネラルウオーターを購入、全部で50ルピー。

予定を1時間少し遅れて、6時40分にホバール行きの列車出発、2A寝台で約600ルピー。

10時過ぎ、30分遅れでホバール到着。
ほとんどの駅中にあるリタイアリングルームと呼ばれる宿はあいにく満室。
オートリキシャーの紹介で駅近くのホテルへ向かう、25ルピー。
高いホテルが多く数件廻るが、疲れたので妥協、400ルピーの宿に決める。
一日移動でとても疲れた。


インド取材記、バラナシ2日目・ガートの沐浴風景 カジュラホ1日目・カジュラホ遺跡の西群の夕景 2月24日分。


宿の部屋は、通気口が外とつながっている為、
蚊が次々入って来て、気になって一晩中眠れない状態。
蚊取り線香を持ってこなかったこと、1階の部屋にしたことを痛切に後悔。
結局ほとんど眠れずに朝を迎えることになった。

まだかなり暗いうちからガートに向かう。
ガートでは深夜でも多いの人が行き交う、目覚めにティーを一杯、5ルピー。
火葬場のマニカルニカーガートでは、24時間火葬の日が絶えることがない、撮影は禁止。
ガートから見上げる月がとても綺麗だった。

今日もボートから、朝日にそまるガートと沐浴の風景を撮影。
バラナシのガートの沐浴風景。

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その後ドゥルガー寺院へ向かう。
「地球の歩き方」には、信者以外は入れないとあったが、
入り口に居た人によると入ってもいいとのことだった。
とはいえ一応遠慮して外観のみの撮影で中には入らず。

9時過ぎに朝食(80ルピー)をとり、ホテルをチェックアウト。
9時半オートリクシャーで空港に向かう、300ルピー。

途中、段差ではねて座席の幌の鉄枠で思いっきり頭を打つ、
強烈に痛く大きなたんこぶができた。
それ以来、幌の鉄枠部分に頭がこないように気を付けることにした。
インドでは、あらゆることに気をつけなければひどい目に遭う。

10時半に空港到着、運転手は厚かましく「駐車場代をくれ」と言うが、
300ルピーは結構いい値段なので、「自分で払え」と言って立ち去る。
だいたい帰りの客待ちの為の駐車場代まで払う義務なんてないのに。
インド人は、とにかくお金にシビアなのが多く、とりあえずだめ元で言うやつが多い。

空港の荷物のセキュリティチェックはとても厳重。
どうも個人旅行者は自分一人で、他の客は全てツアーみたいだった。

ジェットエアウェイは、インドでは数少ないまともな飛行機会社で機体も新しく人気がある。
11時40分機内へ、12時20分離陸しカジュラホへ向かう。
昼飯は、サンドイッチとジュース。

1時半にカジュラホ到着、新しく綺麗な空港、タクシーで街に向かう、150ルピー。
田舎の観光地とあってか、街も比較的綺麗な方。
2時にホテル到着、大理石の廊下や階段が売り物だが、部屋はいまいち、
オーナーは日本語堪能で助かるが、一泊385ルピーはやや高めの感じ。

その後、明日のバスの時間の確認と予約にバス停に向かう。
途中から日本語堪能な少年が道案内するといって付いてくる。
少し歩いてバススタンド到着。
予定していた11時出発のバスはなく、朝9時のバスにする。
予約の必要はなく、30分前に来たらいいとのこと。

その後、少年の案内でレストランへ、遅い昼飯をとる、65ルピー。
少年からチップを要求されるのかと思っていたのだが、
それじゃと言う感じで別れた、彼の目的は何だったんだろう、
単に暇だったのか、それとも親切だったのか。

その後レンタルサイクルを借りて、東の寺院郡を見に行く。
1日レンタル、25ルピー、夜8時までに返却とのこと、
最新型というけれど、日本の業務用みたいなタイプ。

4時過ぎに東の寺院郡到着、街の中心から5分程。
こちらはこじんまりしていて無料、夕日があたりとても綺麗。
撮影後、すぐに折り返して、街の中心にある西の寺院郡に向かう。

5時半に西の寺院郡到着、入場は250ルピー、なかなか見応えがあるが、修復中のものが多い。
正面は東向きなので、朝の光のほうがいいのだが、横や後ろ姿も絵になるので、夕方の光もまたいい。
ここは結構野生の猿がいて、遺跡との組み合わせはおもしろい感じがする。
日没まで撮影して、宿に戻る。

カジュラホの西群の夕景。

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夜は、近くで行われているインド舞踊(350ルピー)を見に行く。
1時間程のショーだったが、なかなか濃い内容。

8時にホテルに戻り、夕食をとる、140ルピー。
いまいちのカレーとぱさぱさのライスで味は最低だった。

インド取材記、バラナシ1日目・ガンガーの日の出・朝のガート・市内の大通り・ヴィシュワナート寺院・ラームナガル城・バーラトマーター寺院・プージャー 2月23日分。


バラナシはバナーラス、ベナラスとも言われるヒンドゥー教の最大の聖地。
聖なる河ガンガー(ガンジス)で沐浴すれば、すべての罪は浄められ、
ここで死に遺灰がガンガーに流されれば、輪廻からの解脱を得るという。

旧市街の河の西岸に沿って、60もの沐浴場(ガート)があり、
ガートは季節による水量の変化に対応する為、階段状になっている。

朝5時半起床、夜行列車は到着予定時間の4時40分から約2時間遅れで終点のバラナシに到着。
ホームに降り立つと同時くらいに太陽が昇ってくる。

沐浴の撮影は、朝の光が最適なので、急いでオートリクシャーで、
ガンガーの中心にあり最もにぎわうダシャーシュワメードガートに向おうとするが、
運転手は、コミッションのもらえるホテルに連れて行こうと必死の交渉。

「朝の撮影をしたいから先にガートに行ってくれ、ホテルはその後で決めるから」と言っているのに、
なかなか出発しないので、業をにやし降りようとしたところで、やっと出発。

しかし着いた所は、ガンガー沿いのホテル、いい加減嫌気がさしてくる。
「ホテルは後だ、先にガートに行って撮影してくる」と言って、
約束の60ルピーを払って行こうとすると「待っているからお金は後でいい」と言う。
本当はここで別れたかったが、お金を受け取らないので後で戻ることにして、
歩いてダシャーシュワメードガートに向う。

10分ほどで、ダシャーシュワメードガートに着く。
朝日にそまるガートと沐浴の風景は、とても感動的だった。

ガンガーの日の出。

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朝のガート。

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今度は、日本語を話すアミという少年が話しかけてきて、ずっと付いてくる。
どうも姉が日本に嫁いでいるので、日本語を話せるらしい。
アミに友達のミキを紹介してもらいボートに乗る、30分50ルピー。
暇だからといってアミも乗って来て、いろいろ説明してくれる。

てっきりガイド料とか請求してくるのかと思っていたのだが、
土産物屋で働いているらしく、「宿の約束があるので、戻らないといけない」と言うと、
待っているから後で店に来て欲しいということだった。

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ひと通り撮影してから戻る、運転手は待ちわびた様子。
何件か宿を見に行くが、なかなかいいところがなくうんざり、
しかたなくガンガー沿いのホテルの1階の部屋、120ルピーに決める。

シャワーを浴びてから、再びダシャーシュワメードガートに戻るが、すでにアミの姿は見えない。

その後、街を歩いてぶらぶら。
市内の大通り。

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昼飯(68ルピー)をとり、リクシャー(15ルピー)で南部にあるバラナシ大学に向かい、
大学内のインド美術館(撮影100ルピー、入場50ルピー)
とヴィシュワナート寺院(無料、東向きの光線がよい)を見学する。
寺院前で飲んだラッシーはなかなか新鮮な味、10ルピー。

ヴィシュワナート寺院。

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3時前に、歩いてガンガーにかかる浮き橋を渡りラームナガル城へ移動、入場12ルピー。
途中スラムの子供たちがたくさんいて、行き帰りとも喜捨をいっぱいとられる、実にまいった
ガンガーにかかる浮き橋。

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ラームナガル城。

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帰り歩き疲れた所でリクシャーに乗りバーラトマーター寺院に向かう、70ルピー。
途中、リクシャーが車に追突されて客席から弾き飛ばされ、
危うく転倒するところ、なんとか無事着地。

4時半前にバーラトマーター寺院到着、入場無料だが撮影は10ルピー。
ここは堂内に大きなインドの立体地図があり、これが祀られている。
762枚の白大理石で造られた巨大な地図は見応えがあり、インドの地形がひとめで見て取れる。

バーラトマーター寺院。

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6時前にホテルに戻り少し休憩後、再び船を借りて(150ルピー)
ダシャーシュワメードガートで日没から行われるプージャー(礼拝)を見学する。
正面から見れる船のほうがいいと思ったのだが、蚊が多いのにはまいった。
いささか距離が遠いこともあり、途中で船を降りて地上でストロボを使い撮影する。
プージャー(礼拝)は神秘的でよかったが、観光客の多さにはまいった。

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8時前に夕食(70ルピー)をとり、9時にホテルに戻るが、
蚊の多さに一晩中眠れない、宿の選択を誤ったみたいで大失敗だった。

インド取材記、アグラ3日目・ファテープル・スィークリー 2月22日分。


夜中5時に一度起きて宿の屋上に上ってみる、
満月は綺麗に見えていたが、やはり距離があるとタージマハルは全然見えず。

朝7時起床、今日はすぐ近くのレストランでウェスタンスタイルの朝食を取る。
展望がよい屋上と違い、眺めがいまいちの分安い、30ルピー。

洗濯を受け取り、出発まで荷物をロッカーに預かってもらい、
8時15分にオートリクシャーで、郊外にあるもうひとつの世界遺産ファテープル・スィークリーへ向かう。
往復500ルピーをねぎって400ルピー、バスでいくこともできる。

9時45分到着、駐車場20ルピー。
ファテープル・スィークリーは、アグラの南西39キロにあるムガル朝第3代皇帝アクバル帝の城跡だったが、
水不足のため、たった14年しか使われなかった夢の都。

モスク地区(無料)と宮廷地区(5ドル)に分かれておりかなり広い。
モスク地区のブランド門(勝利門)を含め、全体的には昼頃の光線がよいが、
宮廷地区のパンチ・マハル(五層閣)は午前中の光線がよい。
内部にはやたらとガイドが多くかなりしつこいが、チップは10ルピー程度。

ファテープル・スィークリーのモスク地区のブランド門(勝利門)

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ファテープル・スィークリーの宮廷地区のパンチ・マハル(五層閣)

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11時20分帰路につく、運転手はやたらと高級レストランや土産物へ連れて行こうとするが、
時間がもったいないので、400ルピーに2ドル追加で交渉、まっすぐホテルに戻る。
昼飯(60ルピー)の後、すぐ近くで行われている文化芸術フェスティバルを見に行く。
いろんなバザーが出ていて、スナップをいっぱい撮ってしまった。
バザールでのスナップ。

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会場では、企画スタッフらしい男たちから写真を撮ってくれと頼まれる。
「踊りとかはやっていないのか」と尋ねると、そのうちの一人が、
室内でやっている地元の人たちのダンスイベント会場に案内してくれた。
その後もそばについて何かと親切にしてくれたが、
「列車の時間がせまってきたので、行かなければならない」と言って、
帰ろうとすると出口までついて来て、チップを要求されたのにはがっかり。
スーツを着てそれなりにいい身分そうだったのに、「お前もか」っていう感じ。

3時すぐにオートリクシャーで駅に移動、60ルピー。
夕食用にキオスクでサンドイッチ2つとジュースを買う、40ルピー。
4時20分、予定を20分遅れて列車到着。
今日は初めての夜行列車泊になる、2A寝台で950ルピー程、バラナシまで約13時間。

インドの列車は客車間の行き来が出来ないので、
違う客車に乗ってしまうと次の駅で乗り換えるまで席がない。
客車数が多いうえ、乗り換えの時間も少ないので、
ホームの中ほどで通り過ぎる客車ナンバーをチェックしていたのにもかかわらず、
見落としたのか乗る客車の方向と反対方向に行ってしまい、
乗る客車が見つからずあわてて引き返す。
その際、駅に居る荷物運びの赤服のポーターが、頼みもしないのに勝手に先導。
なんとか乗る客車には間に合ったが、ポーターの「チップくれ」口撃にはうんざり。
しかたなく30ルピーを払う。

自分の指定席には、インド人学生たちがいっぱい座っていて、
チケットを見せると周りの席に移ったが、どうも次の駅まで無賃乗車しているみたいだった。
そのうち慣れてきて少しづつ話し始めたのだが、
しだいに日本に対する質問攻めがはじまり、最後には日本の歌まで歌わされるはめに。
インドでは、否応なしに出会いがやってくる。

5時半頃、次の駅に到着して学生たちがみんな降りて行くと、
車内は打って変わったように静まり返ったので、
カーテンを閉めて横になる、夕日がとても綺麗だった。

7時前にやっと検札がすんだので、夕食後就寝。

インド取材記、アグラ2日目・朝のタージマハル・スィカンドラー・ヤムナー河対岸から見るタージマハル・アグラ城 2月21日分。


朝6時に起きて宿の屋上に上ってみる、
昨日の夜は真っ暗でタージマハルの位置がわからなかったが、
今日は夜明け前のほんのりと青みがかったタージマハルが綺麗に見えた。
昨夜は、屋上からの展望がよいというシャンティロッジが満室だったので、
がっかりだったのだが、ここはすぐとなりでむしろこちらの方がより展望がよいみたいだ。

宿の屋上から見た夜明け前のタージマハル。

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7時前に日が昇るが日の出はアングル的にいまいちよくない。
7時半に、歩いて15分のタージマハルの東門到着。
入場250ルピー(ミネラルウオーターと靴カバー付き)とADAチケット500ルピー。
ADAチケットはインド考古学局に対して支払うお金で当日のみ他の5ヶ所の名所でも使える。

中に入るのに厳しいセキュリティーチェックがあると聞いていたので、
ジャケットもカメラバッグもなしで、カメラと財布とパスポートだけで来たのだが、
思っていたより厳しくはなく、ジャケットとカメラバッグを持ってくるんだったと後悔。

タージマハルの正門は工事中、正門をくぐると目の前に憧れていたタージマハルが見える。
早朝にもかかわらず、すでにかなりの観光客が来ている。
みんな何がなんでもとりあえず真っ先にタージマハルが見たいのだ、お墓なんだけど。

タージマハルの正面の庭園内では、数人のフォトガイドが勝手に撮影ポイントを案内してチップをせがむ。
プロだから、いちいち案内してもらわなくても、本能的にいいポイントはわかるのだが、
ここが撮影ポイントと言われれば、とりあえずチェックしてしまうのもまた悲しき習性、
必然的にチップを取られてしまうことに、10ルピー。

タージマハル内には靴カバーをするか裸足で入る、大理石がひんやりして気持ちいいので裸足がおすすめ。
左右にはモスクがあり、すぐ目の前にはヤムナー河が流れている。

朝のタージマハル。

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2時間近く撮影、観光ツアーの人たちが増えて来たので退散。

帰りに両替をすまし、10時前に宿に戻り、
屋上のレストランでタージマハルを見ながらインド料理を食べる、50ルピー。
フロントでたまっていた服のクリーニングを頼む、300ルピー。

12時過ぎに約束していた運転手のハスタキーム君と会い、お金を返す。
自分は他の仕事で行けないので、今日は兄貴のハッシームに変わってもらうということに。
半日オートリクシャー借り切りで480ルピー。

1時前にスィカンドラーに移動、100ルピー。
インドの名所はドルかルピーのどちらで支払ってもいい場合が多いのだが、
ドルの場合2ドルなので、為替レートの違いで80ルピー弱、
ドルで支払うんだったと少し後悔。

スィカンドラー。

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運転手のハッシームは、
「見学中にオートリクシャーのガスを入れてくる。2時半に戻ってくるから」
と言って慌てて行ってしまった。
途中オートリクシャー専用のガススタンドがあったのだが、
すごい長さの列ができていたので、その場で入れるのはあきらめて、
見学中に給油することにしたみたい。

スィカンドラーはかなり大きいが、あまり見学するところはない。
正面のモスクは南向き、左右にもモスクがあるタージマハルと同じような作り。
タージマハルでもそうだったが、ここでも旅行の学生たちが写真を撮ってくれと大騒ぎ。
デジタルカメラはその場で見れるので大人気だ。

少し早めに戻るが、オートリクシャーはまだ戻って来てないので、近くで軽食を食べる。
予定より遅れてハッシームが戻ってきたが、まだガス給油はすんでなくて、再び給油の列の途中に入る。
時間が間に合わなかったので、順番を取ってもらっていた様子。
しかたないので終わるまで待つが、その間にいろいろと売り子がやってくる。
おいしいというので食べたアイス風のお菓子は、めちゃくちゃ甘かった、10ルピー。
10分ほどでなんとか給油が終わり出発。

3時半頃ヤムナー河近くのイティマド・ウッダウラー廟(通称ミニタージ)到着、100ルピー。
ここは、午前中の光線のほうがいいみたい。

次にタージマハルの対岸へ移動。
白亜のタージマハルは、ムガル帝国大5代皇帝シャー・ジャハーンの妃の墓なのだが、
建設には膨大な費用がかかり、国の財政が傾いた。
にもかかわらず、対岸に自分の墓(黒のタージマハル)を作ろうとしたので、
ついに自分の息子にアグア城に幽閉されることになったという。

その予定地が対岸のマターブ・バーグ。
しかしマターブ・バーグ内は見るべきものは特にないので、横の道を通って河岸に出る。
ヤムナー河を挟んで見るタージマハルもまた素晴らしい。
手前のらくだは観光用で、撮影チップに40ルピー。
ここから見る朝夕のタージマハルもいいと思う、次回はぜひ来てみたい。

ヤムナー河対岸から見るタージマハル。

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次に駅の北側にあるジャマーマスジットヘ、靴預かり10ルピー。
前の通りはバザールでオートリクシャーが入りにくいらしいので、
駅の南側から、めちゃくちゃ汚い駅の中を抜けて行く。
ここは朝の光線のほうがいいみたいで、もろに逆光だったので撮影せず。

5時前にすぐ近くにある世界遺産のアグラ城に移動、5ドル。
タージマハルも遠望できるが、いまひとつの感じ。
出入り口のアマル・スィン門を初め、内部の宮殿など午後遅くの光線がよい。

アグラ城。

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5時40分に城外に戻るが、ハッシームのオートリクシャーは見当たらず。
待ち時間に他の客を乗せてひとかせぎしているみたい。
まだお金を払っていないので約束の時間まで待つことにしたのだが、
他のリクシャーやオートリクシャーらが次々声をかけ3・4人が付きまとってくる。
「いないやつなんてほっといて行こう」と彼らは必死だ。

約束の6時を10分過ぎた所で、
最初から付いているリクシャーで出ようとした時に、大慌てでハッシーム登場。
すかをくらったリクシャーの運転手のおじいさんが、
必死に喜捨(バクシーシ)とすがりつくが、あいにく小銭の持ち合わせなし、可哀想なことをした。

帰り道、「やっぱりか」と言う感じで土産物屋に連れて行かれる。
しかたなく一番安い大理石の小物、200ルピーを購入、
土産物屋のおやじの追撃を振り切り、オートリクシャーに戻るが、
尚もおやじは引き下がらず、オートリクシャーの所まで来て「ボールペンをくれ」攻撃。
しかたなく、もらいもののペンをあげる。

6時半に宿に戻って、屋上のレストランでインド料理を食べる、120ルピー。
今日は満月で、満月に照らされるタージマハルを期待していたのだが、
暗すぎて肉眼ではほとんど見えない、満月に日程を会わせたのにがっかり。

ちょうど満月のタージマハルを見るツアーが行われていた時間のようで、
時々ライトやストロボで光るタージマハルが見えるのみ。
ツアーは、三脚の使用が出来ないので参加せず。

9時過ぎ、なんかすごくうるさいので、外に見に行くと、
結婚式のお披露目パレードが行われていた。
テレビで何度か見たことがあるが、インドでは1週間くらいお披露目パレードを続ける。
新郎が白馬にまたがり、電飾きらきらの山車が続き、
楽団の男たちがトランペットを吹いて周囲にお披露目パレードが来ていることを知らせる。

慌ててカメラとストロボを取りに戻り、撮影しようとするが、ほどなく終了。
少しだけ撮影、新郎への祝いに100ルピー。
新郎の父親らしき人から、明日もやるからぜひ来てくれと言われるが、
明日の夜は移動日、急ぎ旅を少し後悔する。

宿に戻ろうとすると楽団の男たちが俺にも金をくれと次々やってきて、
逃げるように宿に戻る、今日も長い一日だった。

インド取材記、ジャイプル2日目・風の宮殿・アンベール城・アンベール城の象のタクシー・ビルラー寺院・風の宮殿から見た旧市街・ジャンタルマンタル アグラ1日目 2月20日分。


朝7時に起きて宿の屋上に上ってみるが、日の出はいまいちアングルがよくない。
宿代を払い、列車の出発まで荷物を預かってもらう。
朝食のサンド(別料金35ルピー)はとてもスパイシーだった。

日本人旅行者の女の子が宿の女の子と記念写真を撮りたいというので撮影してあげたのだが、
小学校に向かうその子のきちんとした服装と
路上で喜捨(バクシーシ)を求める同年代の子のぼろぼろの服装の差が、
インドのカースト問題の難しさを物語っていた。

8時前に風の宮殿で再び外観を撮影する。
朝の順光で空の色が深くイメージ通り。

風の宮殿。

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8時に風の宮殿前からバスに乗りアンベール城に向かう。
料金は6ルピー、かなり混んでいて乗り心地は悪いが、公共機関はかなり安い。
8時半過ぎにアンベール城着、市内から35分程、何回か止まる分オートリクシャーより時間がかかる。

道路脇から全景を撮影、朝の光線がすがすがしく青空がとても綺麗。
今日は有名な象のタクシーが列をなしている。

実際の所、ゆるやかなスロープを歩いて行く象のタクシーに乗るより、
階段を上って行く方が早く城内に行けるのだが、
観光ツアーの目玉なので、ほとんどの人が象のタクシーに乗っている。

陽が高くなり城壁の影が短くなっていくのと逆光ぎみになっていくのとの加減を計りながら、
アンベール城を背景に象のタクシーを撮影する。
一息ついたところで城内も撮影、入場100ルピー。
全体的に午前中早いほうが光線状態はいい。
帰り道も再び象のタクシーを撮影、絵になるのでいっぱい撮ってしまったが、
時間がたつと道中象のふんだらけなのが難点。
一応掃除している人はいるのだが、まったく追いつかない。

天気がいいとのどが乾きジュースを2本も飲んでしまう、
500mlのペットボトルが20~25ルピー。

アンベール城。

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アンベール城の象のタクシー。

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11時過ぎに市内に戻る、帰りのバスは9ルピーだった。

その後、城壁に囲まれた旧市街のサンガネール門を撮影(昼頃の光線がよい)
ふと気配を感じ後ろを振り向くと、歩道の上で男が行き倒れて死んでいる。
まだ新しい感じだが、はえがいっぱいたかっている。

道行く人は誰も無関心、殺されでもしていたら反応するのかもしれないが、
行き倒れて死んでいるのは、よくあることなのだろう。
インドでは、道で人が死んでいることがあるというのは知っていたので、
特に驚きはしなかったが、こんなに早く目にするとは思っていなかった。
1時間後くらいに再び通った時には、路肩のほうに押しやられていた、何とも無情。

その後、リクシャーで市内南部にあるビルラー寺院へ向かう。
あらかじめ10ルピーで値段交渉していたのに、
着いた後、お金を払おうとすると少なすぎると怒りだす始末。
いまひとつ目的地がわかっていないのに安請け合いしてしまった本人が悪いのだが、
かなり上りがきつい道だったので同情、結局50ルピー払うことにした。
インドでは約束とか事前の交渉とかは、絶対ではなく本人の都合でかなり変わる。

ビルラー寺院は、真っ白な外観で美しいヒンドゥー寺院、
無料だが靴の預かり所のチップは必要、内部の撮影は不可。

ビルラー寺院。

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帰りはバザールのスナップを撮りながら戻る。

1時前に風の宮殿到着、昼飯かわりにアイスを食べる、10ルピー。
風の宮殿は裏側に入り口があり、入場は50ルピー。
彫刻に飾られた正面の大きさからみると、奥行きが浅い不思議な作り。
最上部からは市内が一望でき眺めは抜群。
山の上にかすかに見えるのがナルガール要塞で、
下に見えているのが風の宮殿の一部。
ジャイプルはピンクシティと呼ばれていて、
旧市街はピンク一色(実際は赤味の強い土色)

風の宮殿から見た旧市街。

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1時40分にすぐ近くのジャンタルマンタルに移動、100ルピー。
18世紀の天文台でインドに現存する4つのうちで最大のもの。
ここはどちらかというと午後の光線が良いと思う。

ジャンタルマンタル。

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2時過ぎに荷物を取りに宿に戻り、オートリクシャーで駅に向かう、100ルピー。
3時半過ぎ、ほぼ定時に列車が到着。
時間が早いこともあり3A寝台はがらがらだった(料金は手数料込みで375ルピー)
枕、シーツ、ブランケットは装備されているがエアコンがあると寒い。
所要7時間半ほどあるので軽く仮眠する、もちろん荷物はワイヤーでロック。
夕食はベジタリアンとノンベジタリアンの2種類あり、40ルピー。

9時半過ぎ、20分遅れでアグラに到着。
オートリクシャーでタージマハルの南側の宿が集まっている場所に向かう、100ルピー。
運転手は片言の日本語で、てきとうな歌を歌う陽気なハスタキーム君。
日本語で書かれたノートを見せて、日本人の友達いっぱい安心していいよとか言ってる。
書かれた内容からみて、そんなに悪いやつでもなさそうだったが、
これはかなり日本人から稼いでいるなって言う感じで、
インド人にはめずらしく商売上手みたい。

10時前に宿街に着くが、満室が多い。
ハスタキームが任せろと言って、次から次に宿に声をかけて探してくれた。
白い大理石が敷き詰められたまだ新しい宿は、1泊500ルピーだったが値切って2泊で850ルピー。
ただし、最初の価格が適正かどうかは微妙。

明日朝一でタージマハルに行き、午後からはハスタキームに市内を廻ってもらうことにした。
手持ちのルピーがあまりないことを知ると、朝一は両替できないし、
タージマハルはルピーでないと入れないとハスタキームが1000ルピー貸してくれた。
1000ルピーはインド人にとっては大金、日本人はかなり信用されているみたいだ。

面倒な宿帳記入を終えて部屋へ、インド滞在中で一番綺麗な部屋。
11時就寝、長い一日だった。

インド取材記、ジャイプル1日目・風の宮殿・シティパレス・ガルタから見たジャイプルの夕景 2月19日分。 


朝5時半出発、ニューデリー駅に向かう、歩いて20分程。
駅構内は人でいっぱい、怪しい人もいっぱい。
バックパックを背負っているとやたらと声をかけられる。

偽者っぽい駅員からチケットの提示を求められ、
「このチケットは使えない別のが必要だ、案内するから付いて来なさい」言われるが、
よく聞く手口なので完全に無視して反対方向へ一度迂回して列車に向かう。
だまして不必要なチケットを売りつけるこの手の連中は、
本当にもう少し取り締まって欲しいものだ。

乗る列車は電光表示で、発車するプラットホームが表示されているのですぐわかった。
客車番号とシートナンバーを日本で予約したeーチケットで確認し乗り込む。
料金の高い1等車(約900ルピー)にしてはボロイ感じでいまいちだが、
周りの人は中級以上のビジネスマンが多く安心。

定時に出発、7時過ぎに日の出が見えるが、
窓が汚く、またAC車は窓が開かないので撮影はあきらめる。

程なくして1等車の高い理由がわかる。
ミネラルウォーター1.5L、新聞、ポット紅茶、クッキー、飴のサービスがあり、
少ししてからミルク入りコーンフレークにパン、トースト2枚、バナナ、オムレツ、ポット紅茶、
という朝食のフルサービス。

10時45分、定時にジャイプル着。
オートリクシャーで旧市街中心部の風の宮殿に向かう、50ルピー。
道路は広いところでは、4車線くらいあるのだが、
オートリクシャーやバイクなどは幅が狭いことから、横に6・7台すれすれに並んで走るのでスリル満点。
実際はかなり事故も多いそうだが、ぶつかりそうでもみんなぎりぎりかわして行く。

11時過ぎに風の宮殿着、東向きなので光線状態はいまいちなので、数枚だけ撮影。
向かうの土産物屋が「屋上からの眺めもいいよ」というので、
確実に土産買わされるなとは思ったが、せっかくのチャンスなので撮影。
しかし一番安い小さな象の置物でも350ルピーと痛い出費。

向かいの土産物屋の屋上から見た風の宮殿。

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その後、近くにあるはずの宿を探すがわからず、リクシャーに10ルピーで連れて行ってもらう。
宿のプリティゲストハウスは一泊250ルピー。

12時半に近くのシティパレスに向かう、200ルピー。
現マハラジャの住居であり、一部が博物館になっている。

シティパレス。

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1時半にリクシャー(10ルピー)に乗ってセントラルミュージアムに向かうが、
現在改装中で閉館していたので、外観のみ撮影、正面は北向き。

その後、オートリクシャーでアンベール城に向かう、200ルピー。
途中、湖に浮かぶジャルマハルという宮殿(現在はホテルになっている)があるが、
修理中で絵にならず撮影せず、ここは午後遅くの光線がよい。

2時過ぎにアンベール城着、市内から20分程。
ガイドブックの「地球の歩き方」の地図を見て、てっきり午後遅くの光線がよいと思っていたのだが、
勘違いでもろに逆光、すでに有名な象のタクシーの姿も見れず、大失敗。
とはいえせっかく来たので、見学することにした。

道路から城内まで10分ほど、100ルピー。
城内、勝利の間(鏡の間)は午後遅くの光線でよかったが、
全体的に光線状態はよくない、ここは午前中早いほうがいいので、明日に再訪することにした。
下りは西側から街中を通りスナップ撮影。
お腹がすいたので、果物を購入、バナナとオレンジ数個で5ルピー。

その後、アンベール城よりさらに山上にあるジャイガル要塞で、夕日の撮影をしようかとも思ったのだが、ジープ往復500ルピーとかなり高いわりには、眺めの評判はよくないのでやめて、
一度市内に戻りガルタに行くことにした、
帰りのオートリクシャーは100ルピーで行きの半額、行きは完全にぼられたみたい。

5時頃、市内の東側にあるガルタに向かう、10分程でオートリクシャー往復で120ルピー。
ガルタ入り口から山上まで20分程、山上に寺院がある。

ガルタから見たジャイプルの夕景。

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6時過ぎに夕日に染まる街を撮影してから戻る、
寺院より下の位置から門を入れたのほうが雰囲気が出ておすすめ。

宿に戻る途中、路上に布を敷いただけの所に50代くらいの女性が弔われている。
傍らにご主人が付き添い、たくさんの花と喜捨のお金が供えられていた。
インドでは死はとても短かに感じられる。

7時前に宿に戻り、シャワーを浴びた後、
9時半に一度就寝するが寒くて眠れず、共有部分で毛布を見つけ借りる、
2月のインドの夜は、けっこう寒い。

インド取材記、デリー2日目・朝もやのジャマーマスジット・ジャンタルマンタル・ラクシュミーナーラーヤン寺院・ロータステンプル・プラーナーキラー・夕日に染まるインド門 2月18日分。


朝7時起床、日の出を見に屋上に出てみる。
インドのホテルはたいてい自由に屋上に出ることができ、
レストランが併設されているところもある。
朝はもやっていていまいちの感じ。

8時に出発、いきなり怖い形相のあきらかに狂犬病という犬がいてびっくり。
世界で年間5万人が狂犬病で死んでいるが、そのうち3万人がインド人。
犬に限らず動物に噛まれると命に関わる、最低5回くらいは注射してもらわなけらばならず。
手当てが遅れたり、お金がなくて2回くらいしか注射できず、発病して亡くなる人が多い。
発病後は致死率100パーセントという怖い病気。
幸いにも今までに日本人で噛まれて死んだ人はいないが、かなりびびる。

遠巻きにやりすごし、リクシャー(三輪自転車)でジャマーマスジットに向かう、150ルピー。
無料だが、カメラ持ち込みは200ルピー、靴預かり所のチップは必要。
昨日も来たが逆光だったので再訪、もやっているがこれもまた雰囲気があっていい。
しかし素材集向けには、厳しいかもしれない。

朝もやのジャマーマスジット。

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その後チャンドニーチョウクと呼ばれる路地を見ながら、
ビジネスの中心街のコンノートプレイスへ向かう。
路地の肉屋では、やぎを目の前で次々解体していくのがとてもショッキング。
現地ではやぎの脳みそも食用にされていて、どっと山積みされているのにはびっくり。
おもしろいと思う人もいるだろうし、絶対にだめな人も多いだろう。

コンノートプレイスでは、依頼されていたビジネスマンの通勤風景を撮影。
私服の人が多く、廻りのビルも思っていた以上に古い感じで絵にしにくい。

昼飯の後、近くのハヌマーン寺院とジャンタルマンタル(入場2ドル)で撮影。
ジャンタルマンタルは昔の天文台で、ジャイプルにあるものが有名だが、デリーのもなかなかよかった。

ジャンタルマンタル。

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その後、オートリクシャーでラクシュミーナーラーヤン寺院に向かう、150ルピー。
寺院内はカメラ持ち込み不可だったので、外観のみを撮影、
予想通り南東向きなので光線状態はよかった。

ラクシュミーナーラーヤン寺院。

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その後、歩いて官庁街へ移動、ビジネスマンなどのスナップ撮影。
土地が広く建物の敷地内には入れないため、なかなか思うようなカットは撮れない。
お腹が減ったので、アイスを食べる、15ルピー(40円程)

疲れたので、オートリクシャーで、
バハーイ・ハウス・オブ・ワーシップ(通称ロータステンプル)に向かう、100ルピー。
昨日クトゥブミナールの帰りに行くつもりだったのにすっかり忘れていた。
クトゥブミナールもそうだが、月曜日は休みなので、外観のに撮影。
正面は東向きなので、午前中の光線がいいと思うが、外観はどのから撮ってもほぼ同じ形。

バハーイ・ハウス・オブ・ワーシップ(通称ロータステンプル)

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その後、アクシャルダムテンプルへ向かう。
新しく旅行社の観光ツアーなどには組み込まれているが、まだ旅行ガイドブックには載っていない。
市内東側ヤムナー川を越えたところにあるが、あいにくここも月曜日は休み。
しまったここも昨日来るんだったと後悔、外観のに撮影するがもろに逆光。
ここは正面は東向きなので、午前中の光線がいいと思う。
次回インドに来る際にはぜひ訪れたいところ。

3時にプラーナーキラーに移動する、オートリクシャーで、
ロータステンプルからアクシャルダムテンプルをぐるっと廻ってここまで250ルピー。
ラールキラーより古く、「プラーナーキラー」は古い城と言う意味。
入場は2ドル、門は午後の光線がいいが、中にあるモスクは午前中のほうがいいと思う。

プラーナーキラー。

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中は結構広く、1時間程撮影して外へ出る。
すぐとなりは動物園があり、入り口横の食堂で食事、パンとジュースで36ルピー。

その後、来る途中目に付いた大通りにある歩道橋の上から、交通ラッシュのイメージを撮影。
5時頃、歩いてインド門へ移動、夕日に照らされたインド門を撮影。
ここはライトアップもされる。

夕日に染まるインド門。

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その後、歩いて官庁街入り口にある地下鉄へ、思っていたより遠く疲れた。
ニューデリー駅まで8ルピー、安い!プラスチックのコインが切符かわり。
入り口ではコインをセンターにくっ付けると開き、出口は投入する。
地下鉄はまだ新しいからか、インドではめずらしく綺麗だった、国鉄駅との落差はすごい!

6時にに宿に戻り、となりのインターネットカフェ(パソコンが置いてあるだけ)から、
電話で日本に電話する、1分20ルピー程。
街中至る所にあるISDのサインのある電話屋からも国際電話は可能。
国際ローミングの携帯なら問題なく使えると思う。
その後部屋に戻り、シャワーを浴びた後、8時半に就寝。

インド取材記、デリー1日目・インド門・大統領官邸の飾り門・クトゥブミナール・ガーンデイー記念博物館・フマユーン廟・ジャマーマスジット・ラールキラー 2月17日分2-2。


メインバザールの宿は、真夜中でもとてもうるさく耳栓をして眠る。
しかし今度は寒さで眠れず、再び起きてジャケットやフリースを着込む。
インドは暑いとばかり思っていたが、夜は毛布1枚では寒くてしかたがない、大誤算。

朝7時半、本格的にうるさくなってきたので起床。
宿のオーナーのロニさんが来るのが遅くなるみたいなので、
待ちきれずに9時出発、フロントで20ドル分だけルピーに両替してもらう。

ニューデリーの駅に向かうが、客引きにやたらと声をかけられる。
以前に隣国のネパールに行ったことがあるので、
牛や犬が徘徊し、ゴミだらけの街は見慣れているが、ひさしぶりだとやはり緊張する。

歩き疲れたところで、三輪のオートリクシャーでインド門に向かう。

インド門。

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オートリクシャーの運転手は、「帰ってくるのを待っているよ、料金は後でいい」と言うので、
インド門撮影後、同じ同じオートリクシャーで大通りの反対側にある大統領官邸へ、
柵越しにしか見れない。

大統領官邸の飾り門。

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昼飯の後、専属のようになった同じオートリクシャーで、
今度は世界遺産のクトゥブミナールへ向かう、外国人料金は5ドル。
予想通り昼頃の光線が撮影にはベストのようだったが、
デリーは、ほこりっぽいせいかいまいち抜けが悪い、春の黄砂のようだ。

クトゥブミナール。

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40分程撮影して、今度はガーンデイー記念博物館へ向かう。

途中、運転手に頼まれ土産物屋に立ち寄る、客を連れて行くだけでいくらかもらえるのだろう。
せっかくだから、姪っ子への土産を購入。

ガーンデイー記念博物館は無料、もともとはガーンデイーが寄宿していた支援者の邸宅。
マハートマー・ガーンデイーは、言わずと知れたインド独立の父。

ガーンデイー記念博物館。

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続いて世界遺産のフマユーン廟(びょう)へ向かう、外国人料金は5ドル。
予想通り午後の光線が撮影にはベスト。

途中、ガーンデイーが火葬された場所であるラージガートに立ち寄る。
無料だが、靴預かり所のチップは必要。

フマユーン廟。

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2時頃にジャマーマスジットに移動、インド最大規模のイスラム教のモスク。
無料だが、カメラ持ち込みは200ルピー、靴預かり所のチップは必要。
ここは予想通り午後は逆光なので、数枚だけ押さえに撮影して、
左側のミナレットに登る、50ルピー。
ミナレットの上からの眺望は見事だったが、
狭いのに次から次に人が上がって来て、最上部はすし詰め状態でとても危険だった。
圧迫事故が起きるか、塔が崩壊するのではないかと心配したほど。

ジャマーマスジット。

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最後にすぐ向かいにあるラールキラーに向かう、外国人料金は2ドル。
ここは特にセキュリティチェックが厳しい。
西向きなので午後遅くの光線がよい。

ラールキラー。

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4時半頃に専属のようになったオートリクシャーに戻り、メインバザールまで送ってもらう。
今日一日の料金は、全部で30ドル、後から考えるとかなり高いような気がする。
まぁ一日借りきりで、この値段は日本人の感覚だと安いのだが。

5時頃、メインバザールが屋上から一望できるクラブ・インディア・カフェで食事。
そこそこ食べても80ルピーなので、220円程。

5時半に宿に戻り、オーナーのロニさんに会い、両替をしてもらう。
日本の建築現場で働いたことがあるそうで、今はホテルを2軒と旅行社を経営している。

その後部屋に戻り、シャワーを浴びた後、
テレビでMTVみたいなのを見てのんびりくつろぎ、早めに就寝。
インドの歌やミュージックビデオは新鮮でとても気に入った。

インド取材記、日本からデリーへ、いきなりトラブル 2月16日17日分2-1。


2月16日、6時起床でJRと空港バスを乗り継ぎ関空に9時前到着。
航空券を引き換え両替を済まし、10時半にチェックインする。
飛行機はシンガポール航空とANAの共同運行便。

11時前に出発、乗り継ぎのシンガポールまで6時間のフライト、
機内では備え付けのパーソナルビデオで映画を3本見た。
昔と違い好きな時間にたくさんのプログラムから選んで自由に見れるのはいいが、
機内の窓が所々開けっ放しなので、画面がテカって見にくいのが難点。

16時40分前(日本時間17時40分)にシンガポールのチャンギ空港到着。
今年1月に出来たばかりのターミナル2で最高に綺麗だ、設備も整っている。

乗り継ぎのゲートは17時半オープン、ここでもセキュリティチェックがある。
前もってインドの入国カードを配ってくれたので、待ち時間に記入する。

18時20分機内に入るが、なかなか出発せず、19時過ぎようやく出発。

22時15分、インドの首都デリー到着(日本時間は翌日1時45分で3時間半の時差がある)
思っていたほど暑くはなかったが、想像をはるかに越える程ボロイ空港だった。

現在改装中ではあったが、首都の国際空港とはとても思えない程で、
屋根は落ち、壁ははがれてしみだらけで、エアコンは日本の30年くらい前のタイプだろうか、
床もいったいいつ掃除したのだろうというくらい、ほこりっぽい。
最高ランクのシンガポールのチャンギ空港から来たから、その落差に驚かされる。

入国審査の後、税関へ行った時に事件は起こった。
カメラを2台持ち込む時は、申請が必要とガイドブックに書かれていたので、
税関で話すと、「あの人が責任者だからあの人に言え」と係員が言う。

責任者らしき人はカメラの総額を尋ね、「関税がかかります、ドルは持っていますか」と言う。
長時間のフライトと深夜の到着で、少しぼうっとしていたので、
言われるままにドルを見せると、「100ドル札はありますか」と言う。
100ドル札を見せると、ひったくるようにポケットへ、
「行ってよし、早く行け!」と足早に立ち去って行く。

一瞬唖然、やられた!何て馬鹿なことをしてしまったのか!
賄賂の要求なら断固拒んだのに、丁寧な応対にまんまとひっかかってしまった。
いろんな詐欺の手口は知っていたつもりなのに、自分の馬鹿さ加減にうんだり。

政情不安のアフリカや南米諸国ならいざ知らず、
今だにアジアの国際空港の税関で、しかも大衆の見ている前で、
堂々と詐欺をやるとは思っても見なかった。

とはいえ一度ポケットに入ったお金を取り戻すことは困難。
後日、日本に帰ってから領事館に報告することにするが、
いきなりのダメージ、現地では100ドルは大金である。

意気消沈で空港出口へ、ホテルの出迎えや勧誘ですごい人の並み。
自分の名前のプレートを持った送迎の人を見つけ、ホテル名を確認する。
現地では他の人の名前のプレートを真似して待ち構える偽物もいて、
すごく高いホテルにつれていかれることもあるらしいので、その用心。

送迎の人について駐車場に向かう。
駐車場までの道も、なにかしら怪しい光に包まれていて、
インドという国の怪しさを象徴しているかの様。

真夜中でもすごい交通量で、びっくり。
途中、送迎の人の携帯電話に、
宿のオーナーで日本語を話すロニさんから連絡が入り挨拶、
「明日お会いましょう」とのこと。

予約してある宿のあるメインバザールに23時40分着。
インドの宿帳はやたらと記入しなければならない事項が多く手間がかかる。
24時前にやっと部屋へ、長い一日だった。

1泊350ルピー(1000円)の部屋は、
日本人の感覚でいうとかなり汚いが、テレビがついているのが唯一の救い。

写真は、ニューデリー駅前の大通り。
右の電柱はまるでクモの巣状態、他の場所の電柱も同じ、
インドは盗電がすごく多いそうで、そのせいか停電も多いらしい。
取り締まって撤去しても、すぐにもとの状態になるそうだ。

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インド取材記、旅の準備編。


2008年2月16日から3月3日まで、インドに取材に行ってきた。

今回インドに行くことになった理由だが、
去年9月にハワイに行ったときの写真が、デジタル素材集用にまとまって売れて、
その流れで近年経済発展著しいBRICSの雄として、
インドの観光・貿易需要に応えられる写真を撮って欲しいと頼まれたもの。

以前から話は聞いていたが、正式に決定したのは昨年末で、
旅行の手配等は全てこちらの方でということ。

インドのベストシーズンは12月から2月の乾期なのだが、
12月と1月は朝霧の発生が多く、列車がよく遅れるということなので、撮影時期は2月に決定。
今年は寒冬で2月上旬に積雪が期待できたので、中旬からの出発にした。

インドは日本の8倍強と広く、全域を廻ることは日程的に不可能な為、
撮影する都市はは相談の上でということだったので、
観光で人気のある都市を中心にや効率的に廻れるようにコースを組み了承を得た。

年明けすぐに旅行会社のHISで航空チケットを手配。
シンガポール航空の関空からインドの往復航空券、
税金等全て込みで13万円程。
スカイウォーカーカードで旅行クーポン還元あり。

インドはビザが必要な為、大阪の総領事館で所得。
翌日発給で1200円、インド各地のパンフレットも置いてある。

いつもは海外ではレンタカーで動くことが多いのだが、
インド国内は広く、また交通マナーも悪いことから、移動は飛行機と鉄道・バスですることにした。

インドの航空国内線はインターネットで手配、
JET AIRWAYSのバラナシとカジュラホ間のネット早期割引で1万1千円程。

又、鉄道もインターネットのインド国鉄のサイトで路線や時刻等を調べ予約。
ウェブまたは確認メール画面を印刷したものが、そのままe-ticketとして使えるのでとても便利だ。
予約及びクレジットカードの手数料はかかるが、
現地での手配の時間ロスを考えると予め確定しているほうが安心出来る。

またデリー着が夜遅いということもあって、初日の宿と空港送迎もインターネットで予約した。
1泊送迎込みで950ルピー、2500円くらい。
空港タクシーが250ルピーなので、現地の相場からいくと宿泊セットでも割高だが、
日本の旅行社の空港送迎予約料金が、3000円から8000円くらいなので、比較すると安い。

今回の依頼は1千万画素以上のフルサイズデジタルカメラでのRAWデータでということだったので、
デジタルのキャノンEOS5Dを2台用意、1台は友人から借りた。
レンズは17-40mmと24-105mmのみでそれぞれのボディに付けたまま。
又、石窟寺院内の撮影が予定されていたので、ストロボの580EXも持って行った。

カメラバックはf64のショルダータイプを使い、
カメラとストロボ、ガイドブック類は機内持ち込みにした。
又、旅行直前にキャノンサービスでCMOSの掃除をしてもらった。

コンパクトフラッシュは合計47G分を用意したので、
軽量化の為、フォトストレージは持って行かなかった。

基本は手持ち撮影だが、夜景撮影の可能性もあったので、
中型リュックにぎりぎり入るサイズのジッツオの中型カーボン三脚も持って行った。

他には充電器を2つとコンセント変換アダプターに予備のバッテリーとカメラレリーズなど。
また着替えの他には、ヘッドライト・薬・盗難よけのワイヤー付きの鍵などを用意、
パスポートや予約e-ticketなど重要書類はコピーも取って盗難に備えた。
インドは病気や盗難が多い土地柄なので、旅行保険も最上級に入っておいた。

旅費はTCとドルで9万円程用意、念のためクレジットカードも持って行った。

写真は、デリーのメインバザール、この通りの安宿に泊まった。

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